アシンクは、何かがはっきり決まった場所ではないまま、今も続いています。
毎回同じようで、同じではない日があって、特に区切りもなく、時間だけが積み重なってきました。
今は何かを目指して進んでいる、というよりも、
ここに在り続けている、という感覚の方が近いかもしれません。
この場所で起きていることは、外から見るとわかりにくいと思います。
決まったカリキュラムがあるわけでもなく、成果が見えやすいわけでもない。
それでも、今日も扉は開いています。
人の気配がある日も、ほとんど何もない日もありますが、
その違いを無理に意味づけしないまま、時間が流れていきます。
運営をしている立場としては、決めた方が楽なことはたくさんあります。
子どもたちがここで何をして、どんな力を身につけていくのか。
どんな姿を目指す場所なのか。
ある程度のイメージを示した方が保護者にとってもわかりやすいのだろうと思うことは、正直あります。
ですが、そうした像を先に定めてしまうと、
その子が何に出会い、何をきっかけに動き出すのかを、
事前に言い切ってしまうことになる気がしています。
何が興味の入り口になるかは、誰にもわかりません。
「何か気になる」「少し触ってみたい」
そんな小さな興味の積み重ねが、
やがてその子なりの「好き」になり、
学びにつながり、力になっていく。
私は、子どもたちがそうやって育っていく姿を何度も目にしてきました。
だからアシンクでは、
何を身につけさせる場所かを先に決めるよりも、
興味を重ねていける時間とその場所を用意していたいと思っています。
決めないでいよう、と決めているわけでもなく、
ただ、決めきれないまま続いています。
それが正しいのかどうかは、今もよくわかりません。
アシンクは、答えを示すことを目的にした場所ではありません。
私自身もまた、立ち止まりながら考え続ける中で、今はここにいます。
